大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成3年(行ツ)193号 判決

兵庫県加古川市尾上町養田三七三番地

上告人

大崎大輔

右訴訟代理人弁護士

麻田光広

兵庫県加古川市加古川町木村五の二

被上告人

加古川税務署長 藤本幸造

右指定代理人

下田隆夫

右当事者間の大阪高等裁判所平成三年(行コ)第四号相続税更正決定取消請求事件について、同裁判所が平成三年五月二九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人麻田光広の上告理由について

本件訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。右違法があることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠く。論旨は、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判所全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巌 裁判官 大堀誠一 裁判官 橋元四郎平 裁判官 味村治)

(平成三年(行ツ)第一九三号 上告人 大崎大輔)

上告代理人浅田光広の上告理由

一 原判決は、憲法三二条の裁判を受ける権利に関する法令の解釈を誤り、かつ本件更正処分の対象たる事実を誤り、もって相続税法三五号、三一条二項、二七条の解釈を誤ったのであるが、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかな誤りである。民事訴訟法三九四条により破棄を免れない。

1 相続税法における処分の対象については、憲法三二条の国民の裁判を受ける規定の趣旨からして、限定的に解することは適切でなく、ひろく国民の裁判を受ける権利が認められるように解釈すべきである。

2(一) 右相続税法二七条一項は、国民に対し課税価格及び相続税額を記載した申告書を提出すべきこととしている。

(二) ところで、相続税制度は、相続財産全体を対象にした課税価格(相続人全員の課税価格の合計額)を基準に算出税額を求め、右算出税額を、各相続人の課税価格に応じた按分比例を行い、しかる後に配偶者の税額軽減額等を控除して差引税額を決定している。つまり、課税額においては、所得税等において所得金額の多寡が納付すべき差引税額の多寡に連動しているのと異なり、他の相続人が取得する相続財産の課税価格により直接的に影響を受け、各人の算出税額の変動が生じることになるのである。

即ち、本件に即して指摘すると、原告の課税価格は申告額と更正額とでは明らかに増額となっているのであるが、他の相続人において、偶々課税価格の減額更正があり、総額としての課税価格に減額が生じ、結果的に、相続財産全体にかかる算出税額が減少し、右算出税額を按分分配した原告の算出税額も減少しているのである。

ここでは、課税価格の増加(あるいは減少)と各人の算出税額、差引税額の増加(あるいは減少)とが正の関係で連動するのではなく、逆転した関係になることもあるのである。そして、右逆転が生じるのは、偶々他の相続人において課税価格の減少があったために生じたのであるが、争っている本人になされた課税価格の増額決定を内容とする更正決定が取消された場合には、課税価格がより一層減額となり、全体にかかる算出税額も一層減らされ、差引税額が減少されることはいうまでもないことである。

したがって、所得税法等においては、処分の対象を、差引税額といっても課税価格といっても、訴えの利益が認められる場合は変わらないのであるが、相続税においては、処分の対象を右いずれを見るかによって、訴えの利益の認められる範囲に差が生じることとなるのである。

(三) 問題は、相続税において、どの範囲で訴えの利益を認めるのが適切妥当であるかということである。

本件原告のように、自己が相続した財産の課税価格が増額したにもかかわらず、偶々、他の相続人の取得した財産の課税価格の変動により、裁判所の判断を受ける途を閉ざすことは、あまりにも不公平である。

課税価格を審判の対象とすることにより、審査庁はもとより、裁判所においても何らの不利益、過重な負担とならないのである。むしろ、自己の取得した「財産の価値を争う」という本来的な、かつ本質的な部門での争いに、裁判所の判断が示されることとなるのである。

或いは、「差引税額」のみを争われれば足りるという反論が存するかもしれない。しかし、それは、課税価格と差引税額が正の関係で連動しているから矛盾が生じないのであるが、相続税の場合は、各人の算出税額の増減が、各人の課税価格の増減に正の関係で連動しないという計算システムとなっているのであるから、別異な取り扱いを行うべきである。各人の課税価格を争いの対象と据えることにより、国民にとって真に争うべきものが訴訟の対象に据えられたこととなるのである。

(四) 原判決は、右の点において判断を誤ったのである。

3(一) 仮に、前記2の主張が受け入れられないとしても、原判決は、増減抱き合せの一括処分により、結果的に減額処分になったことを把えて、訴の利益がない旨認定している。

しかし、右増減抱き合せにより減額処分とすることは、国民の裁判を受ける権利を奪う不当なものである。

(二) 被相続人大崎勉の死去による相続開始は昭和五八年一一月一八日で、相続人六名の連盟による相続税の申告書提出は昭和五九年六月一八日に提出されている。

相続税に関する税務調査は昭和六〇年六月一四日に着手された。この着手時期は本人にとって重要な意義を持つ。即ち提出された期限内申告書の内容に変更があり、もし更正請求の必要が生じたときには権利としての更正請求書が提出できない時点であったのである。

税務事案の対象の選定は加古川税務署担当部門の決定で、その選択は不明であるが代理人の推定では多分相続財産の額でそのラインを設定しているようである。しかしながら、税務調査の着手前には必ず相続税の申告書は念査されるはずである。問題点(A)相続財産の内土地に関する評価の誤りは、土地評価の倍数地域の倍率表を適用する評価額の倍率を見誤り、高額の評価額を計上したことを原因としたもので、この申請書計数の違算は申告書念査の段階において判明しているのである。

もしも本件を税務調査の対象事案としないならば、原処分庁は直ちにこの段階において職権をもって減額更正処分をなすべきであるし、また税務調査の対象とされていても早期に一応職権による減額更正処分は可能であり、納税者保護の税務行政の立場によればこの処置は当然であった。一ヵ年を超える検討期間は充分に単純な評価倍数表の見誤りによる過大評価の職権による減額更正処分をなす余裕を示すものであるにかかわらず、これをしなかった税務行政の怠慢かもしくは意図的なものを感じさせるものである。

この段階において充分に納税者の権利救済はできたのである。

次に問題点(B)相続財産の内手許現金二〇〇万円の見落し分については被相続人死去当日、家族による病院その他の諸払い、並びに葬儀費用見積りのため被相続人名義の普通預金の残高は当該金融機関の残高証明(当該金額引出後)によったための見落しである。この点は調査担当官に早期発見され、納税者側もこれを認めて合意していたのである。

税務調査の問題点(C)耕作権の評価が、意見の一致が見られず、更正決定が遅れたのである。被告の島統括官に対して原告の相続税申告手続の代理人である税理士大崎は、前任者と合意に達しない(C)の問題点に対し折衝(原告の主張展開)し、昭和六一年一二月九日付で加古川税務署長に対して意見書を提出した。概略は次の通りである。

具体的には農地を他人(地主より賃借して耕作している)より借り受けている耕作権を無価値として相続財産に計上しなかったものであるが、当方の主張は戦後四〇年を経過し、終戦直後の食料難時代は強力であった耕作権も現在においては農業は主産業の位置より脱落し斜陽化し、従って耕作権も風化の一途をたどり、地主側の視点では土地(農地)の評価のマイナス要因となり、その農地の売却処分については耕作人に離農要請をしなければならないが、耕作人側よりの視点では耕作人の老齢化、死亡等の原因による離農は事実上無価値とされている状況に基づき借家権の評価に準じて取り扱われるべきであるとして、しかも相続税財産評価に関する基本通達第一章総則一の(三)に基づいて評価し、更に地域的特殊の事情も考慮することを主張した。

原処分庁もこの時点までは双方の争点について正面から対応する姿勢を示していたが、更正処分を境として豹変し、その後の当方の主張を俎上に乗せることなく門前払いをする方向に転じたものである。

(三) 被告は、原告の相続税申告書について、前記(二)のABについては早くから結果を出していたのであり、ABについて減額、あるいは増額の更正処分は容易になしえたにもかかわらず、C点の結論が出ていないことを口実として、最終的な更正処分を延期していたのである。

被告は、右Cの結論をABと一緒に出せば、結果的に減額更正となることを見込んで、その結論を出さずに時効寸前まで放置していたのである。

少なくとも、本件相続においては、右減額処分の対象となるAの処分については、原告にも影響があったが、主として、訴外大崎きよ子に関係したもので、その結果、右大崎きよ子の相続額、全体の算出税額の減額をきたすことになったのである。その意味では、増減抱き合せによる影響といっても、原告本人とは別の法主体である大崎きよ子に生じた課税価格の減額の結果、増減抱き合せ処分が減額処分となったものである。

右相続税法の特有の影響であるが、増減抱き合せの方法により減額処分をなし、訴の利益をなくさせようとする意図的な、不当な目的意識に貫かれた行為である。被告は、右ABに対応する処分を先に行い、しかる後にCに対応する処分を行い、原告に対して、審査庁、裁判所における判断を仰ぐ機会を与えることは可能であったし、そうすることは極めて容易なことであった。

(四) よって、この点においても、原判決は、訴の利益を否定すべきではなかったにもかかわらず、誤って否定したものである。

4(一) 仮に、右2、3の主張が認められないとしても、租税特別措置法七〇条の六の解釈を誤り、その結果、処分の対象についての判断を誤ったものである。

(二) 仮に、右2、3の主張が認められないとすれば、処分の対象となるものが「納付すべき税額」という考えに立ったものと考えざるをえない。

ところで、差引税額が算定されてから、現実に申告期限などに納付すべき税額は、納税猶予額を控除して決まることとなる。右計算は、単純なものであり、猶予を受けることになる税額が決定されさえすれば、自動的に決まるといって過言でない。

処分の対象を「差引税額」と定めるのは、納税額のみを争いの焦点におき、争いを一回に限定しようという考えに基づくものと思えるが、右「猶予すべき納税額」についての判断を、右一回限りの争いの中に取り込むことに、何ら問題は存しない。何ら過重な負担をかけることにならない。

第一審の判決は、右猶予にかかる都合について、徴税段階で、不明があれば申立てを行って争うことができる旨説示している。右決定が指摘する手続きが何を意味するか不明であるが、少なくとも、徴税段階まで争いを残しておくべき理由は何もないのである。

(三) とりわけ、本件で問題となっている特別措置法上の農業相続人の権利は、期限内で申告しさえすれば認められ、しかも、当該農業相続人の死亡もしくは二〇年の経過という事実により、納税猶予が確定的な納税義務の消滅にその性質を変じるのである。その意味では、極めて権利性の強い猶予措置なのである。

(四) 本件では、原告は、右農業相続の対象となる耕作権の存する土地について、その評価が稀であるとして申告しなかったのであるが、被告は、右耕作権に価値があり、猶予を受けるための期限申告がなかったとして、増額、更正処分を行ったのである。本件で問題とされるべきは、右評価が幸いという判断そのものである。

右争点については、被告の申告に対する念査の段階から意識され、調査以降の各手続き段階において、争われていたことにほかならない。この点についての判断を受ける機会を奪うことになる原判決の判断は、国民の裁判を受ける権利を奪っているのである。

右被告の判断と原告の判断の違いが、右の点だけに限定されていたならば、明らかに訴の利益が認められるべきことが、偶々、他の相続人の課税価格の減少という事実が存したため、訴の利益が否定されたというのは、余りにも、不公平、不適切である。

(五) よって、この点においても、原判決の訴の利益の判断は誤っている。

二 以上述べてきた通り、原判決は訴の利益に関する判断を誤り訴を却下したものであり、破棄を免れない。

速やかに、原判決を破棄されることを求めるものである。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例